「量より質」ではなく、「量から質」

「量より質」という言葉があります。量の多さよりも、一つひとつの質が高いことが大事とする考え方です。仕事の場面においては、やみくもに量をこなすよりも、質の高さを追求するべきだという文脈で使われることがしばしばあります。

もちろん、その通りではあるのですが、近年は働き方改革やワークライフバランス(仕事と生活の両立)が叫ばれるちょうになったこともあって、労働時間が長いことや大量行動を目指すことが完全悪であるかのうように語られる節があり、少し心配になることがあります。

確かに、過剰な長時間労働や、無意味な大量行動は避けるべきです。とはいえ、はじめから質を求めようとしすぎて、量を積むことを軽んじる風潮は、成長や成功を遠ざける要因になりかねません。新入社員や若手社員の方、配属転換から間もない方の口から「量より質」が語られると、大丈夫か?と思ってしまいます。

「量より質」を実現するためには、当然にして「質の良い物事」と「質の悪い物事」を判断する目が必要になります。しかし、質の良し悪しを判断するためには、一定の量(経験)を積むことも必要な場合があります。必ずしも論理性や合理性だけで質を判断できるほど、人間は万能ではありません。自分が見えていない世界というものが、どのレベルにおいても存在するものです。狭い視野、限られた世界観の中で、盲目的に質の良し悪しを判断していないか、自分に問いかける姿勢も必要で、それに気づくためには一定の量を積むことが求められます。

要するに、「量を積んだ人にしかわからない質」というものがあるのです。

経験曲線効果

経営学の理論に「経験曲線効果」というものがあります。ボストンコンサルティンググループ(BCG)が打ち立てたモデルで、製品の累積生産量が上がるにつれて、単位あたり(1製品あたり)の生産コストが低下するという考え方です。

経験を蓄積すればするほど、成功や失敗からの学習することが増え、それが次の計画や運営管理の質をさらに向上させていくことを意味します。そして、経験曲線は最初のうちは改善の効果が著しく現れますが、ある一定の段階に達すると改善の効果は頭打ちになる(それ以上はコストが下がりにくくなる)ため、曲線はほぼ横ばいの形を取るようになります。

人の能力や行動もこれと同じような軌跡を取ります。経験がゼロの状態では、何が成功要因で何が失敗要因であるかの判断がつかない(すべて仮説の域を出ない)ため、実行したことがすべて学習の材料になります。したがって、そこからの学びは大きくなり、次の行動に向けた改善の効果(例として、所要時間の削減)は大きくなります。しかし、何度も繰り返していくうちに、似たような経験が増えていくため、学習の効果は限定的になります。そして、ある一定の段階に達すると、たいていのパターンは経験済となるため、改善は頭打ちの状態となります。

「質の良い行動」というのは、この段階に達した時にようやく実感を伴って判断できるようになります。ある一定の段階に達するまでは、「何が良いか」「何が悪いか」を適切に判断できるようになるためにも、とにかく行動量を増やして経験を積んでいくことが必要になります。

コロナショックによる環境変化に適応する

新型コロナウィルスの影響により、ビジネス環境のデジタル化・オンライン化が推進されるようになって半年が経とうとしています。

この半年間で、サービスの提供形態や仕事のスタイルが、昨年までとは劇的に変化しました。あと1年以上は、この急激なペースであらゆるものが進化を遂げていくことになるでしょう。私たちは、この新しい時代に適応していくためにも、事業や職場環境の変化に対する耐性を高めいくことが必要です。

私はコンサルタントという仕事をしていますが、仕事の約7割は講演、セミナー、研修など人前でお話をする形態です。昨年までは年120日程度、お客様先に伺って講師業を行っていました。しかし、新型コロナウィルスの影響で、特定の場所に大人数の方に集まっていただく形態ができなくなったため、ビデオ通話アプリを使用したオンライン配信へとやり方を変更せざるを得なくなりました。(多くの企業様では、専らzoomというアプリを使用しています)

先日、ある企業様で論理思考力のオンライン講座を開催しました。それを聴講していた営業メンバーから、オンライン形式でも高い質の講座ができているとお褒めの言葉をいただきました。それ自体は非常に光栄だし、ありがたいことなのですが、「小松さんだからうまくできるのであって、他の人が同じ水準でやろうとすると難しいでしょうね」と言われたので、それは違うだろうと思いました。

はじめからオンライン講座が得意な人などいません。かくいう私も、新型コロナウィルスの影響が深刻化する4月頃まで、zoomを触ったこともありませんでした。集合形式で開催ができなくなってしまい、仕事がどんどんなくなってしまったので「仕方なく」はじめたことです。本音を言えば、私だってできれば直接お目にかかって話をしたいです。

しかし、事の深刻さを考えると、当面はオンラインでやらざるを得ないし、このまま収束に時間がかるようであれば、コロナ以後はオンラインが普通に選択肢の一つとして扱われるようなるだろうと考えました。場合によってはオンラインの方が本流になるかもしれません。となると、もうやるしかありません。

本を買ったり、webで情報を集めたりした上で、持っているパソコンやスマホ、タブレットなどを総動員して、一人zoom研修を何時間と繰り返し行いました。また、できる限りリアルな経験を蓄積するため、無料セミナーを何度も開催して練習を積みました。

いまではだいぶ慣れてきたので、集合形態でもオンラインでも、どちらでも問題ないと言えるレベルにまできたとは思いますが、これは単純に経験値をたくさん積んだ成果だと捉えています。才能のセンスの類だとは微塵も思っていません。練習すれば誰でもできることです。

「小松さんはzoomが得意だからいいですよね〜」なんて呑気に言われることもありますが、あまり良い気分はしません。「あなたは何十時間練習を積みましたか」「本番に近い練習を積むために、機会を作ろうとしましたか」とも尋ねたくなります。まずは量を積まないと、新しいことができるようにはならないのです。何事にも最初は時間の投資が必要です。

緊急事態宣言が解除されてから3ヶ月が経過しました。宣言下でリモートワークを行っていた企業や団体が、従来型の通勤・出社型のワークスタイルに戻ってしまったという話をたびたび耳にします。ただただ、嘆かわしく、残念に思います。

経験値の乏しいリモートワークで問題が発生するのは当然です。しかし、経験値が溜まっていけば、状況はどんどん改善されていきます。もちろん、必ずしもフルリモートが正しいとも限らず、時には直接対面することが必要な場面もあるでしょう。

しかし、選択肢としてのリモートワークは残り続けて良いと思います。安易に従来型の全員出社に戻してしまうことは、ただ問題解決を放棄しているだけに過ぎません。時代の流れに逆行してしまっているとも言えます。

新型コロナウィルスは数多くの悲劇を生み出し、社会・経済にも深刻なダメージを与えました。しかし、同時に今まで棚上げ、先送りにしていた数々の問題に直面せざるを得ない機会にもなっています。

「できないから、やらない」ではなく、「できるようになるまでやる」ことが必要です。そのためには、まずは新しい取り組みに関する経験値を積み、学習に変えていくことが求められます。

この1〜2年が、組織にとっても、個人にとっても、新時代に適応できるようになるかならないかの正念場です。一人ひとりが、自分の固定観念や過去への執着という安心領域から飛び出そうとする心がけが問われているのではないかと私は思います。

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。